四国 第5日目 平成18年10月3日 愛媛県松山市内を見学。 |
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■ 湯築城跡 | |
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室町時代の初めに、河野氏が築いた平山城です。本丸の周りに、二重の堀を設けています。 写真は外堀です。 |
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湯築城は平城ですが、堅固そうな城です。戦国時代後半に、小早川隆景に攻められ、城は開城されました。 |
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現在は、県立道後公園内となっています。 |
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本丸跡。一番高所です。 |
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松山市内がよく見えます。 |
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内堀です。 |
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松山市が長年に渡り発掘調査を行い、土塁を復元したり、資料館を建てています。 |
■ 石手寺 | |
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奈良時代に国家領護の道場として建立した石手寺は、四国霊場の第51番札所で、「お大師さん」として松山市内の善男善女から崇敬されています。現在残っている本堂、仁王門、三重の塔は鎌倉時代のものです。 |
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四国霊場 第51番札所です。 この寺もよかったです。 この寺の二王門は、鎌倉時代の建築で、国宝です。 |
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重要文化財の三重塔。
私は、塔が好きなんですが。 仏教も初めの頃は、仏像ではなく、塔が信仰の対象でした。 塔の心礎には、お釈迦様の仏舎利があり、それが信仰されました。 塔は、サンスクリッド語でストゥーパと云い、それが漢字で卒塔婆になり、現在では、お墓に備える木の塔婆となりました。 |
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■ 宝厳寺 | |
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665年(天智天皇4)創建と伝わる古刹。時宗の開祖、一遍上人の誕生地として知られ、本堂には室町時代作の一遍上人立像(重要文化財)があります。 |
■ 久米遺跡 松山市久米地区には「史跡・久米遺跡群」という古代の官衙(役所)があります。 |
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斉明天皇の7年(661年)正月、斉明女帝は船団を組み、朝鮮半島の新羅に遠征するため西へ向かいました。 新羅に侵攻され、存亡の危機にあった百済を救援するためでした。 |
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皇太子・中大兄皇子、大海人皇子をはじめ、皇女たちも同行した大がかりな旅でした。 この久米遺跡が、その皇族達が基地としたところではないかと考えられています。 |
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額田王の歌 熟田津(にきたつ)に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎいでな 熟田津は愛媛県松山市の海浜です。 |
■ 伊予安国寺 | |
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安国寺は、南北朝時代に足利尊氏が夢窓国師の勧めによって元弘以来の戦没者の霊を慰めるため、国ごとに一寺一塔を建立したものです。伊予安国寺の本尊は薬師如来、釈迦如来。 |
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寺伝によれば開山は智覚普明とされ、建立者は河野通盛です。 |
■ 大宝寺 | |
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大宝寺の本堂は国宝です。 |
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大宝寺 本堂 鎌倉時代初期の建築だと考えられ、簡素ながらよく均整がとれ、愛媛県下最古の木造建造物です。 |
松山城に登ろうかと思ったのですが、城郭の一部を補修工事中だったので、登るのを止めにしました。 夕方、松山空港から、ANAの飛行機で羽田空港へ。 松山〜羽田間で、飛行機が飛んでいる時間は、1時間ちょっとです。 早いものです。 無事に、茨城県に帰りつきました。 今回の4泊5日の旅行中の天気は、おおむね晴れが3日、雨が1日、雨のち曇りが1日、という空模様でした。 日ぐらいは、雨に降られると予想していましたら、十分満足です。 |