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隠津島神社(おきつしまじんじゃ)は福島県二本松市木幡字治家49に鎮座しています。
木幡の弁天様」と呼ばれて親しまれています。 |
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隠津島神社は、円錐形の姿で聳える木幡山の八合目に鎮座し、木幡山全域を境内地としています。
木の造りの鳥居が見えてきました。
この鳥居脇を通る道路を登っていきます。 |
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要所要所の曲がり角には、標識が立てられていて、神社の駐車場まで着きました。 |
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車を停めて、よく整備された遊歩道を登って行きます。 |
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木幡山門神社本殿と大スギ
木幡山門神社本殿は、隠津島神社の本殿を、1686年の本宮再建時に、旧社殿をここに移したものです。 |
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大スギは、木幡の大スギと呼ばれ、目通り9.33m、樹高約20m、推定樹齢700年といわれています。境内には、スギ・ヒノキの老木・巨木が多いです。 |
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■ 隠津島神社三重塔
県指定文化財。銅板葺、高さ 約20m。室町時代 文明四年 1472年の建築です。
平成21年11月に平成の修復が完成して、朱塗りが鮮やかできれいです。
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古塔の趣があります。 |
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一層から二層、三層と上へいくに従って、塔がてい減しています。 |
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隠津島神社 拝殿
主祭神は、隠津島姫命、田心姫命、湍津姫命です。
拝殿は、桁行7間、梁間三間、総じて和様を主体とする素木造りで、1794年の建築です。 |
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竜や獅子の彫刻が巧みです。 |
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拝殿・本殿がある場所から、三重塔を眺められます。 |
隠津島神社がある二本松市を後にし、いわき市に向かいました。
■ 高蔵寺(こうぞうじ)
福島県いわき市高倉町鶴巻亀49 に所在する、高蔵寺へ来ました。
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高蔵寺は寺伝によれば、平安時代の前期にあたる大同二年(807)徳一により開かれました。
徳一は、平安時代の最澄、空海と並ぶ高僧です。茨城の筑波山で中禅寺を開き、いわきに来たそうです。 |
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高蔵寺 本堂 |
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本堂の左手を進むと、左に墓地があり、両側に杉林が見えてきます。
道は砂利道で、この道を歩いて行きます。 |
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周りは杉林だけとなり、階段の参堂が見えてきます。 |
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いわき市の保存樹林に指定されている杉林に三重塔が見えてきます。 |
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高蔵寺 三重塔
三重塔は、県指定文化財で、江戸時代 安永3年 1774年ごろの建築といわれています。銅板葺、高さ 13m
上層部への逓減や二、三層軒高の等高など、塔建築の方式は踏襲されていますが、二、三層には、回縁や高欄を付さないなどの省略部分があります。
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三重塔の屋根は、元々はこけら葺で、今は銅板葺となっています。 |
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塔の内部には徳一大師の坐像を安置する
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観音堂
観音堂には開祖徳一大師が刻んだ千手観音が安置され、いわき三十三観音の第六番札所となっています。
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同じ、いわき市内にある、勿来関跡を見学にきました。
■ 勿来関(なこそのせきあと)
所在地:福島県いわき市勿来町関田長沢6-1
勿来関は、約1500年前設けられた関所で、白川関・念珠関と並んで奥州三古関の一つです。「勿来」すなわち「来るなかれ」と呼んだのは平安中期ごろです。
平安時代の終わり、陸奥守源義家が、平定の為、奥州に下向する途中ここにさしかかります。山桜が春の山風に舞いながら路上に散りしいていました。
春をおしむかのように舞いかかる桜の花に、義家もただ余りの美しさに駒をとどめ、「吹く風を 勿来の関と 思えども 道もせに散る 山桜かな」
と詠みました。 |
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弓掛けの松
源義家がこの地で休息をとった時に、この松に弓を掛けたといわれています。現在では枯れてしまい、その名残を留めています。 |
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源義家の銅像があります。
弓を手にした勇ましい乗馬像です。 |
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勿来関跡の碑 |
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源義家の歌碑 「吹く風を 勿来の関と 思えども 道もせに散る 山桜かな」 |
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小野小町歌碑
「みるめ刈る 海女の往来の 湊路に 勿来を われすえなくに」 |
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遊歩道脇に、さまざまな歌人の歌碑が建てられています。 |
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勿来関跡を後にし、帰路に向かいました。 |