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長勝寺 本堂
入母屋造り、茅葺きの唐様建築の仏殿です。
元禄元年から、)徳川光圀が寺の荒廃を惜しみ修復を行い再建されたそうです。
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銅鐘
国重要文化財に指定されている、北条高時寄進の銅鐘です。
「客船夜泊常陸蘇城」(かくせんやはくひたちのそじょう)と記された銘文があるそうです。 |
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■ 塚原朴伝の墓
塚原卜伝(1489〜1571)は鹿島新当流の開祖です。室町将軍足利義輝や伊勢国司・北畠具教らの師となりました。
その墓は鹿嶋市須賀・梅香寺跡にあります。
集落の入口から案内板があり、駐車場にたどり着けました。 |
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塚原卜伝は、延徳元年(1489)鹿島神宮の神職卜部吉川家に生まれ、塚原城の城主塚原土佐守安幹の養子となりました。
少年時代に鹿島の太刀、香取神道流など習い、剣の達人としての第一歩を踏み出しました。 |
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塚原卜伝は生涯三回の廻国修行をして、元亀二年(1571)に83歳の天寿を全うしました。
卜伝の剣、甥の吉川晴家に伝えられ、現在では「鹿島新当流」として県の無形文化財に指定されています。 |
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塚原卜伝の墓
卜伝の墓は、奥さんの墓と並んで建っています。
塚原卜伝は、平成25年の1月から3月まで、NHK総合でドラマ化されました。主役は堺雅人で適役でした。
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■ 鎌足神社 鹿島神宮は藤原鎌足の出生の地にあり、藤原氏の祖神を祀っています。
その鹿島に、鎌足が生まれた屋敷跡があり、鎌足神社となって藤原鎌足が祀られています。 |
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小さなお社でした。 |
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■ 鹿島神宮
鹿島神宮は、全国に約600社ある鹿島神社の総本社です。
千葉県香取市の香取神宮、茨城県神栖市の息栖神社とともに東国三社の一社となっています。 |
和銅6年(713年)成立の「常陸国風土記」に鎮座が確認されて以来重きをなしてきた東国随一の古社です。
古くは朝廷から蝦夷に対する平定神として、また藤原氏から氏神として崇敬されました。その神威は中世に武家の世に移って以後も続き、歴代の武家政権からは武神として崇敬された。現在も武道では篤く信仰されています。 |
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楼門
楼門は、「日本三大楼門」の1つに数えられています。寛永11年(1634年)、初代水戸藩主・徳川頼房の命による造営のもので、国の重要文化財です。 |
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境内は、国の史跡に、本殿・拝殿・楼門など社殿7棟が国の重要文化財に指定されています。 |
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本殿・幣殿・拝殿
ちょうど修復中でした。
江戸時代初期の元和5年(1619年)、江戸幕府第2代徳川秀忠の命による造営のものです。社殿は北面しており、それは「北方の蝦夷に睨みを利かせるため」という言い伝えがあります。 |
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仮殿(かりどの)
仮殿は、本殿造営の際に一時的に神霊を安置するために使用される社殿です。 |
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さざれ石 |
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奥の院 |
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要石(かなめいし)
要石が祀ってあります。 |
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要石は、境内東方に位置する霊石地上では直径30cmほどです。
かつて、地震は地中に棲む大鯰(おおなまず)が起こすものと考えられていました。
要石はその大鯰を押さえつける地震からの守り神として現在にも伝わっています。 |
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芭蕉句碑
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境内は、うっそうとした森になっています。 |
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御手洗池(みたらしいけ)
神池です。潔斎(禊)の地です。 |
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古くは西の一の鳥居から舟でこの地まで進み、潔斎をしてから神宮に参拝したと考えられています。
池には、湧水が流れこんでおり、水深は1mほどああります。 |