平成18年4月 平塩寺・宝寿院

 平塩寺跡
 平塩山白雲寺とも呼ばれた平塩寺は、天平7年(735)、僧行基が直辨和尚を開山として、平塩に建立されました。       
 延暦年間(782〜802)に天台宗に改宗し、寺勢を大いに広めました。
 鎌倉幕府と関係の深い逸見法印空阿、名僧夢窓疎石が得度したのもこの寺です。  天正10年(1582)武田家滅亡の時には、平塩寺はすでに荒廃していました。       
 訪問したとき,桜は概ね5分咲きぐらいでした。       
 宝寿院 (真言宗)
 宝寿院がある丘を平塩の丘といい、平安時代天台宗白雲山平塩寺のあった所といわれています。寺坊が100を数えたいわれ、夢窓国師の母も住したと伝えられています。現在の宝珠院はその坊のひとつであったところです。       
 鎌倉時代の末期(1278年)、夢窓国師一家が伊勢より当地へ移ってきました。国師4歳の時、母を失い、平塩寺で得度を受ける。       
 鎌倉時代の末期(1278年)、夢窓国師一家が伊勢より当地へ移ります。国師4歳の時、母を失い、平塩寺で得度を受けました。その後、奈良の戒壇院で修業を積み、31歳の折、再び甲斐の国へ戻ります。夢窓は母の追善供養のため、法寿院境内に築庭し、しだれ桜を植えたといいます。
 この寺の枝垂れ桜は有名です。 もともとは、夢窓国師お手植えの桜でしたが、現在の桜は第六代目で、樹齢200年が経過しています。国師が母の追善供養のため植えたものであるといいます。       

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