平成18年5月 宮城県柴田町 船岡城跡

 船岡城跡(柴田城)
 船岡城跡(柴田城)は、標高136m、南北200m、東西300m以上の規模を誇り、連郭式状山城となっています。
 元和元年(1615)になって原田宗資が桃生郡大瓜より移封されましたが、その嗣子甲斐宗輔のときに寛文事件(伊達騒動)により所領没収されました。
 その後、柴田宗意が登米郡米谷より、柴田城に5千石を領して入り、明治維新に至りました。
NHKで放映された山本周五郎原作の大河ドラマ「樅の木は残った」の舞台としても知られています。
 この頃ちょうど、私は、山本周五郎原作の小説「樅の木は残った」を読んだところでした。
 主人公、原田甲斐は、自ら悪役となりながらも、伊達藩の存続を守ったということでしょうか。
 麓を流れる、白石川の両岸の堤に植えられ、延々十数キロにわたって桜並木が続きます。
原田甲斐宗輔供養塔
柴田外記朝意公供養塔
石巻城跡 → 多賀城跡 → 岩切城跡  → 船岡城跡(柴田城)
    
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